サンパウロからの小話18 交通違反(A 鎌谷)

 高齢者の交通事故は、自宅付近での発生率が高いという。もうすぐ我家だという安心感から気が緩むのかも知れない。

 交通違反の場合は、年令との関係はどうなっているのだろう。

 学生の頃カブに乗っていて、最初の違反をやった。誰一人として通らない地方の町の四辻。一旦停止の標識がある。スピードを落として止まり、前輪でバランスを取りながら左右を見てスタートしょうとすると警官が現われた。一旦停止を怠ったという。正確には「両足」を地面につけねばならない。言い訳も説明も無用だった。

 昔のことなのに鮮明に記憶に残っているのは、彼のオートバイはその四辻に停めてある。明らかに違反である。指摘すると店がある場合は例外と説明されたが、それは店に買物にきた客の場合で、彼は「本番」勤務中である。それも交通違反取締り中の。しかし、泣く児と地頭には勝てず、後日後味の悪い罰金を支払ったような気がしている。横着が原因の罰である。

 渡伯後も交通違反は身近で起こる。巡回指導で奥地に走る。長い坂道を古い型のトラックがトコトコと登る。バックミラーは何のためにあるのか。道を明けない。

 「えいっ、面倒」と追い抜くと頂上付近で警官がでてきて「御用」となる。せめてトラックの運転手に「道を明けろよ」と一言でもいってくれれば、と思うのだがそれはしない。あの頃の違反は状況判断が甘かった。

 退職後は車で歩く機会は減った。それでも時には急用で家内と二人で出かける。暫くして違反の通知が届く。走行禁止の日に運転していたのが原因。二人揃って忘れている。 知人の埋葬で墓地に向う。マジナルを90kmで走り、橋を渡って道は続く。多少速度は落としても、80kmでは走っている。違反の通知。気付かぬだけで70kmの標識はでていたらしい。法規を守ってくれとの罰金ならまだ気も休まるが、これはプロの金稼ぎ。隠しカメラを設置して、魚が掛かるのを待っている。残念なことに注意が足りない。最近行き帰り同じ場所で二度罰金をもらった。スピード違反、それと方向指示が出されていなかった、という。街道からコチアの街へ入って行く道はやけに広い。考え事をしていたら、車は右側に寄りすぎた。あわてて元に戻したが、こんな時にも方向指示は必要という。スピード違反に関しては、写真はバッチリ写っているが、制限速度の標識は後日ゆっくり走って確認したが見当たらない。十分とはいえぬ年金をこんな連中に取られるのはなんとしても腹立たしい。対策が必要だ。彼等の泣き処は一つ。土曜、日曜は働かない。安心して走れる日だ。平日は絶対スピードを出さずに走るべきだ。加齢と共に注意力は低下している。前方を見て走ってはいるが、道脇の標識は確認していない。遅刻防止に時計を十分進めるように、速度計に10kmのゲタをはかせられないか。80kmでも本当は70km。捕まる機会はうんと減る。最後は年金をヘソくって、200R$(レアル)貯め置くこと。これが達成できぬなら車の外出は厳禁する。備えあれば憂いなしと昔の人もいっているように。