記憶をひもといて:よそみ漬け

 上司に呼ばれ、「漬物を作ってもらえまいか」と言われたとき、「それは仕事ですか」と聞き返したい気持ちに駆られたが、わざわざ冗談でこんことを言う上司はいやしない。本気に違いない。

 養鶏家相手の外廻りは、晴れた日は楽しい仕事だが、雨天の時はうっとおしいように、漬物作りとて一日中、室内ばかりの仕事ではあるまい、と思うと同時に、勤め人は乞われ、仕事がある内が華か、と考え「ハイ」と答えてやる事にした。

 漬物は当時「市販されてない製品」をと、条件はつくが、良く売れそうなら何を作っても良く、至って自由な面があった。年間を通じての販売故、材料は一年通じて入手可能なものが良く高価な材料は最終製品が割高になり避けた方が良さそうだと察しがつく。白菜、ナス、キュゥリを主体に漬け方を工夫し、変わった材料としてネットメロンの幼果に目をつけた。

 当時、農業技師が新しい農産物を普及させようとこの果物を勧めていて、農事試験場でも大々的にテスト栽培が行なわれていた。日本では一本の木に一果のみとし、他は全て摘果してしまう。そのかわり良く出来た逸品は、一個五千円?一万円で販売されているが、ブラジルでは種々問題もあり、二、三個残しても良しとされていた。それでも摘果される幼果は無数にあって、作業日に合わせ試験場に行き、ごっそりもらい受けた。

 最初は試行錯誤の連続で、漬物では定番ヌカ漬けにも挑戦してみた。乳酸発酵したヌカ床に材料を漬けて一昼夜、床の塩加減と漬け時間から、十分に漬かったものは白飯と無性に相性が良く、キュウリはこの漬け方が一番うまいと思ったが、いざ商品化となると味の移り変わりが早いのとブラジル人は、この臭いが堪らなく不快らしく鼻をしかめる。日本人がこんな漬物が大好きなのは多分子供の頃から毎日食卓に供せられ、鼻、口が慣らされてしまった結果としか思われない。

 加えて夏は気温が高く、ヌカ床の品質維持が至難の技で、ヌカ床の撹拌は容易ではない。手を抜くと直ちに酪酸発酵して不快な臭いを放つ。あきらめることにした。メロンの幼果は酒粕漬にした。食べるとこれはウリ以上に柔らかで、歯切れも良く粕漬けの材料として申し分なく、うまい漬物が出来上がった。

 結局丸二年の成果は五種類の商品が登録されたが、商業ベースで陽の目を見ることは叶わなかった。=最後に「よそみ漬け」=。

 使う材料によその国のものを使うのでこんな名にした。みそとマヨネーズを半々に混ぜ合わせて床とする。きれいなキュゥリに塩を振りかけ、両手ですり込む。水気が出て来たら洗って拭き取り、床につける。塩加減は加えるミソの量と漬け時間で調節する。

 御婦人から小言を言われた。男の考える漬物だと。二、三度実際に漬けてみれば、ピンと来るはず……。

(2009年8月15日)