サンパウロからの小話19 この土地持主だーれ(A 鎌谷)

 土地の奥に横幅一杯に建てられた家付きの分譲地を購入した。家賃が入った時は、毎月の支払いも 楽だったが、概して支払いは悪く、家賃は入った回数より入らない方が多かった。滞納が続き、訪ねると家を二分して片方は貸し、チャッカリと家賃を取っていた。上には上が居るものだ。仕方なく不動産屋の厄介になり、手数料をガッポリと取られ、ニガイ経験をした。

 そうやって何年かが過ぎ、最後の支払いを済ませ、種々の手続きを経て、私は初めてこの遠いブラジルで、自分名義の土地を取得出来た、と気持ちが少し高ぶった。

 三年を目安に転勤を繰返し、再びサンパウロ勤務になった時、コチヤ産組の崩壊は始まっていたのか、今住んでいる社宅を三月後に明け渡して欲しいとの爆弾宣告を受けた。引越しは慣れたとは言え、又かと思案中、家内が言った。

 「もう引越しは沢山。今度移る時は自分の家に移りたい・・・」無理もない。引越しの前後に費やすエネルギーは馬鹿にならないし、子供達の学校の問題も絡んでくる。

 どうするか、との問に、買ってある土地に小さな家を建て、そこへ転がり込もうという。あそこなら距離的にも近く、現在の職場、学校は継続出来る。問題は資材購入費。例の家付きの土地を売るにしても、そう簡単ではない。

 「窮すれば通ずる」で、その時出した家内の案が光っていた。「資材販売店の主人にあの土地を見せ、評価額を資材と交換して、と話したら?」幸いにと言うか、本当に幸いに同意して貰え、資材が確保出来、建坪72M2の家が完成、引っ越せた。凡そ十年、私名義のその土地は、ホロニガイ記憶と共に人手に渡った。

 二十数年が過ぎた或る日、郵便物が転送されて来た。あの土地の納税督促状。急いで店主に会いに行った。そこで解った事は、あの土地は、義弟の勤勉な仕事振りに感謝して、自分が彼にあげたもの。唯、名義変更の必要書類は、預けた弁護士が行方不明になりストップしたまま。更に義弟は、今ミナスで暮らし、サンパウロの土地には興味なく、戻すと言って来ている、と。土地の本当の持主、ジョンさんと家を見に行った。

 道は舗装され、二階家が建ち並び、例の家の前にも家が建てましてあった。出てきた娘さんは其の家で生まれ育ったと言い、今父は不在だと。

 明らかに不法侵入者。然し、伯国法律は、彼等の方に正当性があると言う。不動産登記所では、名義は分譲した地主のままで、彼は既に没し、土地は遺産相続の目録に入ったまま。有能な弁護士でも頼まぬ限りこの土地のジョンさん名義の変更は至難の技。

 ジョンさんも取得は放棄すると言い出した。納税義務だけが私にあるのは不満だが、税金は三年以上滞納すれば市役所は簡単に其の物件を没収すると言うから、この事実を逆手に取って、最後はそこへもつれ込むかと思案する昨今です。