サンパウロからの小話11 関西弁(A 鎌谷)

 七月祭の下準備で朝から家内は忙しそうだった。昨日から頼んでおいた原稿のプリントはまだできていない。

 今日出かける職場の近くに新しくできたその店は最新式の複写機を置いて、しかも安い。従来の店では四枚綴りの原稿を10部と頼めば各頁10枚ずつプリントして渡してくれる。後で一?四ページこちらが揃えてとじていかねばならないのに値段は倍である。

 この店で10部と頼むと、はいと手渡された時、一?四ページがセットで10部印刷されている。10部くらいではさほど大したことはない、と思われるが、100部、200部と成った時それは大違い。

 だけど忙しいのでは仕方がない。自分の朝の用事を済ませ、さて出かけるかと机の前に立つと、プリントされた原稿がおかれていた。

 「おおきに」関西弁が独りでに口からでた。こんな時はこの言葉。ありがとうでは気持の奥底を伝えきれない。これがきっかけで関西弁について日頃の思いをまとめてみる気持になった。

 家内は埼玉出身、生活の場は東京に近く自ずとその地域の慣用語で聞き育っている。それに対し、私は関西、関西弁という言葉があることからしても、両者には大きな開きがある。結婚した頃はその差はそれほど気にならなかった。むしろピシリと決めるその言い方は多少優柔不断の傾向があった私の若い頃には、物事を決断するうえでむしろ役立った。それは素直に認めよう。年金生活者になって仕事から解放され、会社の上下組織の枠からはずれ、自由になったと実感しだしたとき、我慢するサラリーマンの生活習慣、頭の中にできていた我慢の「たが」がスーと緩んで消え去った。そうすると今までパチッと決めつけるようにいう家内の言葉や言い方が耳につきだした。

 「今あんたがゆうてるのは、私に物事を頼んでいるんやでぇ。それならもうちょとっ丁寧なおだやかな言い方がでけへんの」

 家内は人一倍良く気が付く。それをサッと口にするとたまたま東京言葉だから、私にはカチンとくる。だが、どうしてそうなるのかと自分に問う。そうか、私の感性もまた、別の分野では人並み以上に敏感で鋭かった。だからもの言わぬ鶏の飼育が上手くできていたのだから、これもまた変えられない。どこかで折り合いをつけないことには・・・・。

 五年間暮した丹波の篠山、あの地方の女性がものを頼む時につかう言葉はていねいだった。すくなくとも私にはそう思われるのだが言葉も環境の産物だ。いつの間にか染められている。独断も覚悟で関西弁について考えると、これはどうも商人の使う言葉だ。商売は売ってなんぼ、ちゃんとお金をもらってなんぼ、でそのゴールに達する過程は幾らへりくだっても構わない。それ故に口調がやわらかいのか、とも思う。

 北海道大学の先生が、日本の地域の言葉、いろいろあるが関西弁、これをちゃんとマスターできれば英語なんてやさしい、やさしいと話されていた。聞き分ける耳が鋭くなるらしい。テレビの関西ドラマ。俳優の言葉は関西弁だ。しかし発音は私たちの話す言葉ではない。ああこの俳優さん関西育ちでないと直ぐわかる。一歩引いてねっとりと、まとわりつくようなあの口調。あれは子供の時に習得しないと真似られない。発音では実例としては示されなかったが、テレビのニュースを聞いていて牡蠣のおいしい季節になるとピンとくる。アナウンサーが話した途端、私の脳は拒絶反応をする。

「そんなかき食べられへんでぇ」彼の発音では私達には「垣」が食べられると言っている。発音の微妙な違いで牡蠣、柿、垣、と聞き分け使い分けている。しかし、それもその地域に育ったからで特別でもなんでもない。こんな遠い老後のことまで考えて結婚はしない。しかしどこかに妥協点をみつけないと・・・・・。

 書いているうちにここブラジルでの話を思い出した。

 その大学の先生曰く、自分の妻は美しく、才媛で長年一緒に生活できて自分は本当に幸せだったと思っている。だけどこの年になって一つだけ不満がある。それも上手に料理を作るのだから、こんなことは言えたわけでもないのだが、でも自分の年齢からくるものだからしかたがない。彼女の生まれ育った環境は料理のときコショウを使う。それも使う量がうんと多い。自分はそれだけが我慢しずらい。

 あの先生はどんな解決策をみつけたのか。

 関西弁には悪いところがある。関西弁で喧嘩はできない。東京の言葉のように威勢よくポンポンとでてこない。そのかわり関西弁は非常にきたない。きたない言葉で相手をきたなくののしることで、弱点をカバーしょうとしているのかも知れない。

 今更ていねいにといわれても直せない、といわれると私がなんとかしなければならない。

 あるとき婦人公論のこの文章読んでみて、と差し出された。

「欠点、欠点と考えられてきたその一点は、それはその人にとっては長所そのものでもある。欠点として殺してしまうと一緒にその人も死んでしまう」

 と載っている。????????????????

「うーーん、これはすごい!」独りではこんな考え方にまで行き着かない。

 いつだか息子からいわれた言葉もある。

「パパイのやっていることは、それは自分のためにやっていること」と切り換えされた。

 老後は二人で生きているのだから、家内のためにやっていることでも、それは自分のためにやっていると考えればもっと自然体にできるということか。

 苦労は買ってでもせよと昔の人はいったけれど、若くはない私の頭の中にもう一度小さな「たが」を作ってみるかと考え始めた。