サンパウロからの小話03 凹面鏡(A 鎌谷)

 子供、玩具、鏡と三つの言葉を入力して自分の記憶を検索すると、なぜか直径15cm程の縁取りのない丸い凹面鏡が浮かび上がってくる。子供の頃、何時もその鏡を見ていたわけではない。実物より大きく映るその鏡で、時には顔を映していた。家に別の鏡があったか、といえばお化粧をしている母親の姿を思い出せないから、大人用の鏡は当時我家にはなかったと思われる。

 辿り着きたい結論は、当時鏡は必需品ではなかったが、子供の私が凹面鏡を持っていてのだから、そんなに高価な商品ではなかった、と考えられる。

 若い頃にはなく、年を取ると現われる現象もある。本来なら外に向かって伸びるまつ毛が、内側黒目に向かって伸び出した。チクチクと痛い。毛抜きと鏡、虫眼鏡、一式揃え明るいところで一作業。鏡に映ったまつ毛を虫眼鏡で拡大し、毛抜きでひょいと引っこ抜く。くしゃみが出そうな痛みが走り、眼の不快感は解消する。年にニ、三度そうやってきたのに、その内にどうしても抜けなくなった。やむなく眼医者にかかり、度重なると焼切りましょう、といわれ同意した。どうされるのかと思ったら、レーザーガンで焼くのだという。顎を固定し横を見ている。問題の毛の生える箇所に焦点を当て、等間隔で狙い撃ちする。最初はなんでもない僅かな刺激が度重なると増幅し、容易に終らないと分かると眼はうるみ、鼻水は独りでに流れ出す。止めようにも止められない。鏡に写したらさぞ不様な姿であったろうが、分からないのはもっけの幸い。唯、ひたすら早く治療が終るのを待つ。

 もう大丈夫です、といわれた時、よく我慢出来たとホッとしたが、あれからもう四年?それとももう五年?近頃又昔ほどではないがかゆみの伴った眼の痛みが戻ってきた。道具一式を取り出し、調べるが良く見えない。まつ毛の位置はここ、と限定できるのに問題のまつ毛が見つからない。使っている凹面鏡の倍率が低いからで、高い倍率の鏡が欲しい。販売している店は知っている。見つけた頃は百レアル(45円/レアル)近くし、チョッと買えなかった。今は七十三レアルに下がったがそれでも高い。たかが鏡である。買うか、止めるかと迷いつつある日中国人の雑貨店へプラリと入った。営業マンの時は商品知識を増やすため、よく通っていた。退職後はトンと入らない。ある箇所まで来た時足がピタリと止まった。鏡が置いてある。手にとるとあの欲しかった凹面鏡。倍率も五倍で申し分なし。値段は?。

 十三レアルとある。なんという差か。七十三でも買わざるを得んか、と決めかけていた同じような商品、八割方も安いのは信じがたいが、その値段だという。買い求めた。

 焼かれて消えたはずなのに、弱々しく半透明色で復活したまつ毛、道具は揃った!必要なら抜くぞ、と気合が入った。