記憶をひもといて:巡り合えて

 あの頃は熱帯農業に憧れて、気心のあった仲間達とワイワイ騒いでいた。その内に騒ぐだけでは物足りなくて、一度現地に出かけ農業を体験、調査してみようということに話がまとまった。

 当時、沖縄はまだアメリカ領土、日本から出かけるにはパスポートを必要とした。沖縄の更に南に宮古島と石垣島がある。サトウキビやパイナップルが栽培されていると聞いていたので、そこは真に亜熱帯、温帯日本の農業では見られぬ何かがわかるだろうとの予感があった。話が決まればあとは機会ある毎にアルバイトをし、資金を貯めて時期に備えた。

 念願叶ってその島の土を踏んだ時、或る日の夕方、先輩から「良く来てくれた」と一席料亭へ招待され、初めてその食材との出合いがあった。今まで味わったこともない変った食感の材料が使われていた。「なんだろう?」と食べながら考えたが答は見つからず、仲居さんにそーと訊ねてみると、「ああ、それはパパイアの樹の一部です」とのこと。「ふーん」と感心したその翌日、市内をタクシーで走行中、先輩の奥さんが一言「丁度食べ頃かな」と言う目線の先に顔を向けると、高い垣根を越えてニョッキリと突き出たパパイアの樹があった。つぶやくように言った言葉が妙に耳のどこかにこびりついた。

 ブラジルに来て、土地付の我家に住めるようになつたとき、庭のどこかに何時も二、三本はマモンの樹が勝手にはえて育っていた。時期が来れば実が太り最初の頃は大切に取って食べてみたが甘味も少なく、何時しか実が成っても小鳥のエサになっていた。何の違和感もない、そんな見慣れた光景にある時「はっ」と気がついた。

 「そうだ、これはパパイアの樹だ。この樹の一部が食べられるんだ」と宮古島でのタクシーの中の一言が甦った。しかし一体どこが食べられるか?それ以降、沖縄県出身の人と知り合いになるとすかさずマモンの樹の食用になる部分を訊ねたが、誰一人そんな変った質問に答えてくれる方には出会えなかった。

 数年がすぐに経った。その間とりあえず食べてみればわかるだろうと樹を倒しては、新芽の出ている頂上付近を成育期間を変えて試食してみたが、とても固くて記憶の中のあの食感には近づくことすら出来なかった。

 気がつくと何時の頃からか犬が家族の仲間入りをし、頭数が増えていった。その中の一匹は全身が真っ黒のバストール・ベルジカ(シェパード)。「M子」と名付けたその犬は、両親揃って由緒ある血筋の家に生れたバストール・アレマン(普通のシェパード)なのに、茶色に混じって一頭黒毛が出てしまい、飼い主が困っていたのを息子が貰ってきたもので、何か普通の犬とは変っていた。成長して足腰がしっかりして来ると、低い鉄のポルタ(扉)は足をひっかけよじ登り、簡単に飛び越えてしまうし、何より「お前の親はヤギか羊か」と訊ねてみたくなる程野菜を好んで食べ、コウベマンテイガ(葉野菜)やブロッコリーの葉っぱをやって、眼を閉じて側に居ると、まるで反芻動物のような音をたてて食べていた。とりわけハワイマモンの皮は大の好物で、朝のカフェ後、果肉の少しついた皮を捨てずに四等分してわけ与えるのに「M子」は自分の分はサーと飲み込むように食べ終わると、すかさず他の犬の分を横取りしようとする程、マモンの皮には眼がなかった。

 ある日、この「M子」が倒れたマモンの樹の地表あたりにかぶりつき、削り取るようにして食べていた。

 何時もなら名を呼べば寄って来るのに振り向きもせず、盛んにかぶりついていた。そんな「M子」を見ているうちに「ピーン」と閃くものがあった。ブラジルのパルミット(椰子の新芽)の連想から今までマモンの樹の頂点近くが食べられるものだと考えて来たし、宮古島でも樹の頂上付近しか見えていなかったけれど、食用に供せられるのは地表すれすれの地下部なんだと「M子」に教えられたようだった。

 それを機会に地表すれすれの地下部を掘り起こし、試食を重ねたがやはり記憶に残る食感に巡り合うことはなく、まずこれで可能性は全く「ゼロ」だなと諦めざるを得なかった。

 退職してゲートボールだ、家の修理だ、家庭菜園だと四方八方に手を拡げている内に、昔子供のころ、余り好きでなかったインゲン豆、あの独特の風味が嫌だったはずなのに、今のように味のないヴァージェンを食べていると何故か恋しくなって、自分で育ててみよう、出来ればヴァージェンの周年栽培だ、と精を出し始めた。たかが豆と当初は簡単に考えたが、種を蒔いても発芽せず、発芽はしたが虫につかれて成育せず、種を変え場所を変え色々試した後、得られた結論はどうも土がフラッコ(元気がない)らしい、もつとフワフワした堆肥の良く混じつた土に変える必要があるらしい、と。台所から出る生ゴミ、犬の糞、大量の落葉等に少量の鶏糞を混ぜ込み積み上げて、黙々と堆肥つくりに精を出した。

 好みが変ったのか朝のカフェの果物はハワイマモンから台湾マモンに変っていて、大量の種が生ゴミの中に混じっていた。その種が堆肥の山から芽を出して三本が一?程に育っていた。そろそろ堆肥を積み変える時期、マモンは邪魔になるのでひっこ抜き、思い出して根元と地下部は適当な長さにちょん切って台所へ持っていった。久々の試食会、念の為アク抜きまでして適当な味付けをして口に入れた。

 「やわい!」「わあー、食べられた」

 蕪よりももっと柔らかい食材が口の中で踊っていた。

 「そうだよ、少なくとも食べられないことには話しにならん。多分これだよ、やっとやっと巡り合えたんだよ」と。次回はもう少し大きく育てて試してみる夢がぐんぐんふくらんだ。