記憶をひもといて:足巻き

栗田の野うさぎ

 娘に付き添われ、家内が病院から退院して来た。脚の大腿まで巻き揚げられた包帯が物々しく、助けが無ければ独りでは歩けないと言う。手術に行く前とは雲行きが違い、何か言葉つきも弱々しい。

 本を読んで情報を集め、知り合いに電話して安全性を確認し、最新の技術を応用しての手術故、その日の内にでも歩いて戻って来れそうな勢いで臨んだ静脈瘤の治療だったが、入院丸一日、退院後は向うニカ月間養生が大切で、二時間の安静時は足側を床より十五センチ高くしたベッドでとり、五分間の歩行訓練、日中はこの反復、夜も勿論このベッドで就寝、脚に負担をかけぬためとのこと。

 NHKの科学番組を思い出す。地上で宇宙空間の無重力状態を作るには、足側を頭より高くしたベットに二十四時間横たわり、何日かを連続してすごせば足の筋力は日を追って弱り、試験終了時には両足で立てない様子を映像でまざまざと見せてくれたが、あの応用編を我が家でやるのかと変に感心しながら指示に従った。

 然し二時間の休養と五分間の歩行、本人は勿論家族にとって仲々大変で、これなら別の治療法が両者にとつて、もっと優しいのではないかと頭の中でズーム・アップする。敗戦間近の軍隊に、衛生兵として従軍した私達の師が、薬のない、ゲートルだけはある野戦病院で、工夫して完成した静脈瘤の治療法「足巻き」がそれ。

 これは週一回、膝から下を包帯を用いてしっかりと巻き揚げ、十週間はその締めつけを徐々に強めて行く。症状は完全に消え、再発しない、優れた治療法だが、泣きどころはこの方法、夏は暑くて適さぬのと、一度巻きつけたら最後まで患者さんがこの包帯はずせないので、少々やっかいであり入浴時には一工夫が要る。家内の治療を始めた時は、ちゃんと冬期まで待ち、入浴時には巻き直してあげるからはずしても良いと、こと足巻きに関しては今までの総決戦、破格の大出血サービスのつもりで臨んだが、身内の患者は最悪の患者という相場通り、種々の文句を並べて途中下車。そしてその結果が今この状態なので、少々ひいきめにみても、東洋医学的な治療の方が、本人、家族にとっても楽だと思うのですが手前ミソになるのでしようか。

 十数年も昔、手術では術後の養生が大変と足巻きにつき合って下さった最初の患者は看護師さん。手術の方法はうんと近代化されたのに、術後の養生は殆ど進歩のない模様。

 治療最終日、何時も師が患者さんに言われるはなむけの言葉が聞こえて来る。「よかったね、治ったよ。これからは元気が出て若返るよ。あっちの方も強くなるけど、夜はあんまりお父ちゃんいじめるんじゃないよ。ハイ、プロント」

 師から「足巻き」を伝授された弟子は、各地域に散らばっているので、御自身の住まいに近い診療所を紹介してもらうと便利。勿論、本部でもOK。

(2008年10月10日)