記憶をひもといて:ブラックリスト

 養鶏家巡回指導の頃、時にはホテルに泊まり次の目的地へ行くこともあった。

 豪華なホテルに泊まり、高額の領収書を提出されては会社は堪らない。街毎に上限額が定められ、その範囲内ではご自由に、ということらしい。それ以下なら全額戻って来るのでこの方が安全とホテルは少し安目を選ぶのが習慣になっていた。ホテルの方が宿屋よりなんとなく格が上とするなら、その宿屋のようなホテルを捜す。

 時期は冬。聖州の奥地といえども夏とは違う。それなりに涼しい。夕食を終えその宿を選んで部屋に入る。まずまずの家具が揃っていて基準内だと安心する。シャワーに入るのは寝る前と決め、本を読んだり明日訊ねる養鶏家の問題点を調べその後一浴びして寝ることにした。蛇口をひねると水は勢い良く出たが、例の音がしない。心持絞り、更に水の勢いを細めたが暖まってはくれない。シャワーは壊れていた。騒いで修理を頼んでも時間はかかる。寒中水泳という言葉があるくらいだから水シャワーでも大丈夫だろうと、そろりそろりと片方の手先、腕、脚、腹、背中と時間をかけるとなんとか水でも我慢できた。最後は恰も暖かいお湯が出ているかの如く、頭からかぶり身体はシャツキリした。

 この宿は安くて合格だが、二度と戻らないようにブラック・リストの第一番目に名を書き込んだ。

 何ヶ月かして別の街での話。初めての街、勝手がわからない。夕食後、最初に目についた宿らしきホテルに入った。この日は最初にシャワーを浴び、カーマ(ベッド)の背にもたれて本を読んでいた。雨が降り出した。この時間ならいくら降ってもいいが明日は晴れてくれと願いつつ読書を続けた。時々頭と肩に当たるカーテンが冷たい。何故?カーテンをめくると窓ガラスが一枚壊れている。雨足が強くなり、カーマが濡れては大変と、窓際から引き離すことにした。ガタン!大きな音がしてカーマが傾いた。カーマはレンガの上に乗っていた。新たな場所にレンガを積み上げ、寝るには問題はなかったが、ひどいホテルがあったものだと呆れ果て、リストに名前を書き込んだ。

 巡回先で時には他の部署の技師と会うことはたまにある。彼とは珍しく同じホテルのロビーで会った。流石ブラジル人。その街の基準を知っていて、一つの提案をした。二人の金額の上限を合わせ、シングル・ベットが二つある上等の相部屋に泊まろうと言う。イビキのことを多少気にしながらも同意した。部屋を見せてもらってガッカリした。これが上等の部屋?そのホテルは最下級の部屋でも独りで泊まれば料金は基準額を超えていて足が出る。ホテルの料金は高かった。

 今まで気にしなかったが少しでも良いホテルに泊まろうという目標を持つと、会社の基準は安すぎた。このホテルは気に入ったが高すぎる故にリストの仲間入りをした。