記憶をひもといて:売れない商品

 アメリカ自動車産業界、ビッグ・スリーの一つ、クライスラー社の向こう一カ月間、全工場操業停止とのニュースが報じられた。

 販売量が落ち、在庫が十分にあるのなら、生産停止の処置はわからぬでもないが、中々この決断取れるものではない。このニュースの記憶が強く人々の心に焼き付いて、車が無くなっては大変と、無いものねだりの心境から、販売が加速され、在庫がどん々減るような事態にでもなれば、起死回生の一手となり、一カ月後「吉」との結果が出ないとも限らない。経営者の苦労を勝手に色々と想像していくと、何時しか過去のある記憶に結びついた。

 スーパーの日本食品買い付け係として仕事始めの頃、購入マニュアルに順じて注文していくのに在庫がどんどん増えて行く商品があった。食品取り扱い業者としては、大手の一つ、商品の品質にも定評がある。然し、陳列棚の商品は売れ行きが止っていた。取引中止とするのは簡単だがそれではスーパーの利益に繋がらない。

 コンプラドール(買い付け係)としての経験不足は、第一売れない原因がわからず原因究明の対策すら立てられない。後年経験を積み「二月分の注文を一度に出すから特価にしてくれる?」と交渉出来るまでになったが、この当時、他店が全商品についてそれをやり切れたとはどう考えても無理な話で、他店の特価のために売れないのではない。

 何とかしなければと考え込んでしまった。辿り着いた先は友人との会話。「俺達人間で良かったね」

 彼は獣医で凍結精液販売人。乳牛の人工授精を仕事とする。「どうして?」何のことかわからない。

 「売ってる精液の種オスは、それは優秀な牛だけど、精液十分に在庫が出来たと急いで殺してしまったんよ」、「益々わからんね」、「種オスは生きてない方が精液の価値が出て、高く売れるのが業界の習慣。わざと殺してしまうんよ」、「人間って、ひどいことを考えつくね」

 善良そうなベンデドール(販売担当者)と話していた。決して意地悪く購入を中止するのではないこと。それでも我慢して欲しいこと。唯一の突破口と考えついたのは在庫の一掃。値段をうんと下げ、陳列場所を変更し、商品の展示場所を拡張した。否でも消費者の眼につき、安さから徐々に売れ始め、やがて在庫はゼロになった。

 改めて売筋のみを購入し、「定価」で売り出した。大丈夫。まるで魔法が解けたように売れ始め、徐々に購入リストを拡げ、取引中止前の全商品を買い付けたが販売は順調。調子に乗って、今まで買ったことのない商品にまで手を広げたが問題はなかった。

 今考えても、何が原因で商品の動きが停まったのか理由がわからないまゝ最後はメデタシ、メデタシの一件落着でした。