記憶をひもといて:「難題」二題


 コンテナが着き、商品発送までの下準備が忙しいその時期に、私は別の仕事をやらされていたらしい。どんな変わった商品が着いたのかも知らず五日程過ぎた時、ふとある人の特別注文の品があったはずだと気が付いて倉庫へ急いだ。数が足りない!商品が勝手に動くことはない。唯一の例外は社長だが、あの商品に関しては特別注文であることは御存じのはず。一瞬の間隙を縫って少々厄介なことが発生してしまった。

 係の者は二、三日前に発送したと云う。伝票を見ると社長のサインがある。急いでリベルダーデの店に行く。陳列棚に置いてある。事情を話し届けた値段で引き取れたが、二軒目は定価でなら、と協力してもらえない。社長に頼んで差額を会社で払って欲しいと掛け合ったが売れた商品を高値で買い戻すことはないと云われていよいよ困り果てた。

 訪米するレストランの店主が知人の御土産にと到着を楽しみに待っているのに何と云ってあやまるか。社長の方針に反対できなかったと事情を話し、云い逃れるのはやさしいが今まで築いた信用がこの一件で崩れ去るのは、なんとしても避けたかった。

 商品の到着は事前にわかっていたこと。係の者に前以って伝えておけば、こんな無様な事態にはならなかったはず。自分のミスである。二度と繰り返さぬため少々痛い目に会うべきだと腹を決め、貯金をはたいて買い戻し、事情は伏せたまゝ届けた。何も知らない店主からは、旅行後友人達が喜んでくれて、との一言で全てが償われたが思えばこれが会社の方針と折り合わぬ第一歩になった。

 通勤に会社の車を借りていた。或る日、脇道から片側三車線の街道に入るべく待っていた。前に車が一台。左側から大きく胸元に走り来るような感じの車でも、高速側を走っていれば大丈夫。さっ.と出れるのにもた々々している。待つこと暫し。出た。左をチラリと見て続いた。ガシヤン!嫌な音が耳に響いた。出たはずの車が途中で止まっていた。「お前は戦車にでも乗っていたのか」と皮肉を云われながら一通りの手続きをすませ、後はセグロ(保険)に回した。私の車は無傷で、社長にはありのままを報告しておいた。

 三年間に三度事故を起こした。後の二回は赤信号で止っているのに勢い良くぶつけられた。最悪は三回目。修理代を三回に分けて払わせてくれと頼まれ、了承したのが運の尽き。のらり、くらりと逃げ廻り支払わない。自腹を切って相当腐っていたのに社長に呼び出され、「車の件ですが、三度も事故に会うというのは、貴方の運転技術は上手でない、と思うのです。それで貸してあげている車戻して下さい」

 バス通勤になり通勤地獄が始まった。朝は三十分早起きすることで解決出来たが帰宅は二時間以上、バスの中で耐えに耐えたが半年が我慢の限界で辞表を出した。解答は今でも見つかっていない。後からぶつけられない上手な運転技術とはどんな運転なのか…。

(2009年10月31日)

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